仕事

他者の課題は自分の範囲外です

毎日とは言えないけれど、結構な頻度で頭にくることがある。それが本当に自分の課題なのか、他者の課題なのかを考えることで思考が楽になることがあります。

案外と自分の範囲を超えた部分でも自分であると、大きく自分をとらえていることがあると思います。

例えば家族の誰かがお菓子ばっかり食べている、こんなことにカチンとくることがありました。自分が食べているわけではないし、その人はその人のお菓子をただひたすらに食べているだけ。なのにどうしてそんなに頭にくるのか。

まるで自分が食べているような感覚になる、なっている気がするのです。そんなに食べたら体に良くないよとか、みんなの分なんだからとかイライラがたまっていきます。

そこでそれは誰の課題なのか?ということを考えると自分を大きくとらえているかがわかってきます。

お菓子をその人がいくら食べても太るのはその人で、自分ではありません。太った人が対処するほかありません。さらに言えば他者を変えることは本当にできないということ、他者は他者自身が変えるしかないということを強く思い知らされます。

自分は案外狭い範囲だということも同時に理解することになります。

今まで自分は変えられない他者を変えようとして、ひどくイライラして頭が変になりそうなくらい憎んでいたこともあります。それは今でもたまにめぐってきます。しかしどうやっても変えられないということがわかりました。当たり前です。

だから自分から変わっていくしかないということでしかない。この自分が変わるということは以前はどこか逃げているというような感覚がありました。他者に負けて他者を受け入れるという、どこか戦争に負けた結果、植民地にされるような感覚でしょうか。

でも適応力というようにその環境に適応できるものが生き抜けると言います。
そこは勝つところでは無いということをわかるのが大切です。そういう勝ちを積み重ねてしまうとより自分が膨張して、他者の課題への介入が止まらなくなってしまいます。

とは言え、どうしても自分は勝ち負け目線で物事を見てしまうくせもあるので、中々そうはいかないこともあります。
自分の思い通りにならないことに憤慨する生活はもう嫌だ。

こんなのが記事になるのは馬鹿らしいけど。残しておきたくて。

ABOUT ME
havefan35
ダイエットと軽い筋トレでシュッとすることを目指しています。