自閉症スペクトラム(ASD)

谷垣禎一さんのインタビューから

「自分の体にうまく機能しないところがあって、それをどう乗り越えるかというのは、みんなそれぞれ違う。どこで何を苦労しているかというのは、当人でないと分からないと改めて感じたんです」。

第24代自民党総裁で元衆議院議員の谷垣さんは今政界を引退しています。2016年に谷垣禎一さんは自転車事故で転倒しケガを負いました。
入院生活1年5か月を経た今でも血圧は安定せず、汗が出ないため体温調節ができない。油断すると熱中症のようになってしまうといいます。

その谷垣さんがパラリンピック選手の杉浦佳子さんとの対談を振り返って語った言葉です。

こういう言葉をどうしてもASDに転換してしまう自分がいます。すべての悩みは多くのことと共通しているのかもしれません。

たぶん自分が思うにこの「自分の体にうまく機能しないところがあって」というところが気付けるかどうかがポイントなのかなと思います。

いわゆる障害者と言われても生まれながらのものと、後天的な事由でそうなった人とは根本的に違うように思います。パラリンピックでも知的障害のクラスというのは少ないといいます。

その障害を理解して乗り越える力というのを、自分自身で持てるのか、それとも理解してまわりの力で乗り越えていくのか。それが障害者を分けるポイントかなともおもいます。

持てるようにするのが親であったり、特別支援学校だったりの使命でもあります。

相手に意思を伝える

そうするのは、自分の意思を相手に伝えられるか?ということに尽きると思います。どうしても知的なハンディがあると意思を外に伝える事が難しい。そして接する側も迷うことになるでしょう。意思が伝わらないというのは心の負荷になっていくとおもいます。

だから不安になる。この子は自分たちが亡き後、どんな境遇で暮らしていくのか?正直に言うと暗い予想しか思い浮かばない。最悪生きてればOKとは言うけど、生き方ってあるよね。だから、なにかを残しておいておきたい。

何を残すのか?

大体の親は子供に困らないように金銭的なアシストを考えると思います。それとその使い方も同じく。

あとは働くということを残したい。人に貢献しているっていう感覚をもつ仕事を残したい。自分は勤め人ですので今の仕事を引き継ぐわけには行かないから。何かしたい。これは自分の願望なのかもしれないけど。

子ども自身に稼ぐ力がなかったらどうなるんだろう、と考えると寂しいし、結局自分が死んでしまえばそれまでなのかもしれない。

こういう障害者の遺児たちの行く末はまだまだはっきりとした回答はなさそうだ。ただある程度の資金は持たせないと、望んだ支援を受けることがむずかしいのは現実みたい。

それも親の勝手な願望に違いない。自律、自立してくれれば自分は楽になるとどこかで思っているのだろう。これ以上考えると、自分が危険な考えに収斂される気がするからやめておきたい。

アンテナをたてる

最初の谷垣さんの話に戻しますと、自分のうまく機能しないところは本人でないと分からない。これをどれだけ伝えられるか、周りが察知できるかなんですよね。我々と子どもたちも進化が求められます。ピンとくる事が必要。なにせ一人ひとりが違うので、大変だと思う。とりあえずは半径1メートルの範囲でやっていく。誰にだってアンテナを立てる必要はないから。

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ダイエットと軽い筋トレでシュッとすることを目指しています。