5歳ASDの発達検査の結果を聞きに行ったはなしです。
もうすでにASDに加えて軽度の知的な遅れと言われて早2年近く。これまでに発達検査は2回目。少しこんな環境にもなれてきている。
結果から言うと知的な遅れは多少改善されているようだった。でも1年近く遅れているとの判定は変わらず。年中さんの中で年少さんが混じっているような感じと言われました。たぶんグレーゾーン、いわゆる境界知能というものになると思う。
そして小学校の話題になると特別支援学級を視野に入れておいたほうが良いということだった。結構はっきり言われるとショックではあった。
その他細かいこともたくさん聞いて、たくさん意見を言われた。そこはASDの本に書いてあるようなことであまり目新しいことはなかった。
先生はもう子供のことを障害児であるものとして見ていて、それを認めようとしない我々両親に少し苛立っているようにも感じた。もう定型発達と比べることは止めて、子供本人の成長を見なさいという感じがしましたね。
我々もどこかで定型発達の子供と一緒に学校生活をおくれるかも!という期待を寄せていたけれどそれもあっさりでした。
奥さんはわからないけれど、自分の中で特別支援学級という話が出て何かが崩れたほうな気分があった。
これで自分が見たことのないコースになるんだということ。こういうのってどう考えるのだろうか。ゴメンでもなく、泣いていいよといわれれば泣けそうだし、目の前のことをやれよと言われればそうすると思う。
無理に定型発達の子と同じコースを歩ませるのは、イジメや二次障害のリスクが増えるだろうし。でもいったん特別支援学級にいけば、もう普通級に行くことはないだろう。人は慣れればそこで生きていけるものだしなとも思うのだけれどね。
そんな事のあとに、療育で子供の夢は?と聞くと、電車の運転士と言うから、本当に泣けてきてしまった。泣かせることを言わないでくれ、聞かないでくれ。
諦めてはいけないのだけど今の常識から行けばほとんど不可能だろう。その事実を本人が知ったときどう思うんだろうな。それを思うとつらすぎる。ここが親の分かれ目なんかなとも思う。それならどうにかしてやってみよう!と奮い立つのかただ泣くのか。自分は後者だったみたいだ。
若さは可能性をたくさん秘めているけれど、こういう環境になると可能性がかなり狭められてしまう。若いのに可能性がない、ということがどれほど理不尽なことなんだろう。
自分たちも流されやすいタイプだから、実際に特別支援学級に行けばそこにいるメンバーとその親達と独自のコミュニティを作って生きていくんだろうから寂しさはない。
本当に考えてはいけないのだけど子供が定型発達だったらななんて時々考えてしまう。本当にひどい思考だとは思うけれど、周り、テレビを見れば見るほどそう思ってしまう。
自分たちは自分たちの人生だし、子供も子供の人生があるから気にしすぎなのかもしれない。とにかくショックだった。これは子供が最初にASDと聞かされた日以来の衝動。
これで自分がいかに普通を想定していて、普通を望んでいる事がはっきりと分かった。分かったところで今どうすればいいのか本当に分からない。やることはたくさんある。自律スキル、社会スキルを子供に身につけさせる。
先人たちはどういうふうにして進んでいったのだろうか?親たちの話を聞かせてほしい気分ではある。何もかもが手探りで不安で心配で。