自閉症スペクトラム(ASD)

こども「ちゃんと」を使えた?

こどもがちゃんとを使ってた。
自閉症スペクトラムの子供は曖昧な言葉が伝わりにくいといいます。
それはいわゆる副詞、形容詞がどの程度かを、想像することが難しいからです。

ですのでわれわれは曖昧な言葉を使わずに何時にとか、何何が終わったらとか具体的な、明確に分かる言葉で話しかけるようにしています。

とは言いながら、今までのコミュニケーションが急に修正できるわけでもなく、会話には曖昧語がある程度は飛び交ってしまうわけです。

そんな中「ちゃんと」を子供が言ったと奥さんから電話がかかってきた。何その電話と思うなかれ。中々の驚きはあったわけです。

しかし聞いてすごい違和感を覚えました。

「ちゃんと」使ってるな

すごい!そういうこと言葉がわかるようになったんだね!と一瞬思ったのも束の間。伝わりにくいとされている言葉を自分自身も使うのか?ということが頭によぎりました。

何となく意味もわからず使ったのかもしれないし、案外とわかっているかもしれない。

全体の言葉は「ママ、ちゃんとお風呂入ったね。」という文章。内容はともかく普通の会話ですよ。

まあ文章もニュアンスも通じます。あんまり夜に風呂に入らない奥さんが昨日は珍しく夜に風呂に入った、という事がわかると思います。だから「ちゃんと」なんです。

違和感は定まらない答え

自閉症スペクトラムはスペクトラムとつくくらい連続していて誰しもがそれぞれの、それぞれだけの特性、程度を持っているからスパッと割り切れないということなんだろう。

パラリンピックを見ていてもどこかで違うと思うし、なんだろうなこの違和感。

誰もが違うという事がそれぞれの解決策があるということだし、誰かに対しての正解は、違う人に対しての不正解になるってことでしょうか。その途方のなさに深いため息がでてくる。

それぞれの正解があるということは救いでもあるし、考えない限りは正解は来ないということでもあります。

このことなんだろうな、自分の不安は。結局は本人は今の所はそこまで難儀していない。子供の不安と見せかけて自分の不安でしかないのかもしれぬ。正解を見つけないと、ちゃんとせねばとかいう事がプレッシャーだ。

向き合えばわかる?

正直なことろ、子供に向き合っても分からないことだらけだし。正解は誰も教えてくれないことはわかってきた。石川医師の「最後はどっしり構えておく」しかないのかもしれんね。

子供だって他人との関係性を通して特性も浮き出てくると思うので二人だけではわからないことも多い。比較して劣るところをチェックするわけではない。どうやってやり合うかを調節しながら自分のネジを巻くしかないんだろうな。

向き合わないと始まらないし、向き合ってもも分からないかもしれない。生きててよかったと思えるのがゴールでそれ以上は出来すぎと考えるべきなのかな。

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havefan35
ダイエットと軽い筋トレでシュッとすることを目指しています。